SPOT 2

弘道館で学んだ若き日の賢人たち

副島種臣

佐賀県立佐賀城本丸歴史館提供

副島種臣

(そえじま たねおみ)

1828-1905

現在の佐賀市鬼丸町生まれ。枝吉神陽の実弟。1834(天保5)年に藩校「弘道館」に入学し、1848(嘉永元)年に首班を務める。1867(慶応3)年に佐賀藩が長崎に設置した英学塾「蕃学(ばんがく)稽古所」(後に致遠館と改称)で大隈重信らと学び、また塾生の指導にも当たった。明治政府では、外務卿として日本初の国際裁判となった1872(明治5)年のマリア・ルス号事件で手腕を発揮し、「正義の人」として国際的な評価を得た。中林梧竹と並び明治期を代表する書家としても知られる。